時代と共に、お葬式の姿は大きく変わりました。 ひと昔前までは、ご近所の方が総出でお手伝いをして、たくさんの参列者で故人をお見送りするのが当たり前の風景でした。しかし現代では、身内だけで静かに見送る「家族葬」がすっかり主流になりました。
家族葬を選ばれるご遺族のお気持ちは、痛いほどよくわかります。 「こじんまりと費用を抑えたい」 「煩わしい人付き合いや接待を省いて、ゆっくりお別れしたい」 大切な家族を亡くした深い悲しみの中で、そう願うのはごく自然なことです。
しかし、長年お葬式の現場に立ち会い、ご遺族のその後のお姿を見つめてきた僧侶として、少しだけ立ち止まってお伝えしたいことがあります。
家族葬は本当に、コストが安く、遺族にとって負担が少ないお葬式なのでしょうか?
実は、現場の現実を見つめると、一概にそうとは言い切れない「落とし穴」があるのです。
コストダウンの誤解と、香典という「互助システム」
家族葬を選ぶ最大の理由として「費用を安く抑えたい」という声を聞きます。 たしかに、お葬式の規模を小さくすれば、葬儀社に支払う初期費用は下がります。
しかし、ここに盲点があります。 それは「お香典」の存在です。
昔ながらの一般葬(たくさんの方に参列していただくお葬式)の場合、当然ながら多くのお香典が集まります。 お香典というと「お返しが大変」「気を遣う」と敬遠されがちですが、本来これは、地域や縁のある人たちで作り上げた素晴らしい「互助(助け合い)のシステム」です。
「人を見送るのには大きなお金がかかる。だから、いざという時はお互い様で助け合いましょう」 これが香典の意味の一つです。
葬儀屋さんとお話ししていてもよく話題に上るのですが、実は「一般葬にしたほうが、お香典の助けがあるため、華美なものにしなければ、結果的にご遺族の手出し(実質的な負担額)が安く済む」というケースは多いのです。 規模を縮小して初期費用を下げても、お香典の収入がなければ、費用はすべてご遺族の持ち出しになります。コスト面だけで見れば、必ずしも家族葬が一番安いとは限らないのです。
「終わらない弔問」という、もう一つの負担
もう一つ、家族葬を選ぶ理由に「人付き合いや対応を省きたい」というものがあります。 たしかに、お葬式当日の気疲れは軽減されるでしょう。
これが、故人様がお一人暮らしでその家にもう誰も住まなくなる場合や、喪主様が遠方に住んでいてお葬式後にすぐ帰られる場合は、全く問題ありません。
しかし、ご遺族がその後もその家に住み続けたり、ご近所で生活をされる場合は注意が必要です。
お世話になった方やご近所の方は、「お葬式に呼ばれなかったけれど、どうしてもお線香をあげたい」というお気持ちを持たれています。 するとどうなるか。 お葬式が終わった後から、数週間、時には数ヶ月にわたって、バラバラと「お悔やみ訪問」の来客が続くことになります。
いつ誰が来るかわからないため、ご遺族は家を空けづらく、常に部屋を片付け、お茶菓子を用意し、その都度、亡くなった時の状況を繰り返し説明することになります。 結果として、「お葬式当日は身内だけでゆっくりできたけれど、その後の来客対応で疲れ果ててしまった」と仰るご遺族が、実はとても多いのです。
逆に一般葬であれば、ご縁のある方は皆様お葬式の場にいらっしゃいます。そこで一斉にご挨拶ができるため、その後ご自宅に訪問される方は格段に少なくなります。
結び:昔のやり方は、決して非効率ではない
一見すると、昔ながらの一般葬は、準備が大変で、お金がかかり、人付き合いが面倒な「非効率なもの」と思われがちです。
しかし、日本の長い歴史の中で何世代にもわたって繰り返され、受け継がれてきた習慣には、それなりの理由があります。 香典という経済的な助け合い、そしてお葬式という非日常の場で一気に社会的な対応を済ませてしまうという仕組みは、遺族のその後の生活を守るための、極めて合理的で洗練されたシステムでもあるのです。
もちろん、だからといって「絶対に一般葬にすべきだ」と主張したいわけではありません。 現代の家族の形は多様であり、家族葬が最良の選択となるご家庭もたくさんあります。
ただ、「安いから」「ラクそうだから」というイメージだけで選んでしまう前に。 ご自身の今後の生活環境や、故人様の人付き合いの広さを振り返り、「昔ながらのやり方のメリット」も少しだけ天秤にかけてみてください。
その冷静な視点が、お葬式という人生の重大な場面で、後悔のない選択をするための助けになればと願っております。
